2014年4月30日水曜日

重度のうつ病は漢方で治せるの?

  

       実は綾ちゃん、うつ病の患者さんを「治せる」という確証がない。
   情けない話だが事実は事実だ。


        これまでうちの病院にうつ病の患者さんなら山ほど訪れてきた。
   治った方もたくさんいらっしゃる。



                が、全部軽症の方だ。



          ドクターの腕がいいとか悪いとか言う問題ではない。少なくとも
   一回や二回鍼を打ったり漢方薬を飲めば治る病気ではないということだ。
   100パーセント。効果が出るまで患者さんのほうが「もたない」のだ。
   まず予算的に、それから気力的に。


          例えば精神科の入院病棟から空き時間を利用して外出許可をもらって
   うちに鍼を打ちに来る患者さんを何度か受け入れたことがある。


          でも「鬱」という病気は全てをネガティブにとらえたり身体を動かすのが
   おっくうになってしまうのが症状だから劇的な改善でも見られない限り
   通院する気力が出なくなってしまうのだ。


          だから大抵二回通えば万々歳、その後二度と訪れては来なくなる。
   もったいないなあ!きっとあの人たちは「鍼?漢方?試したけど
   駄目だよあんなの。何にもならないよ!」って思ってることだろうなあ。



             やっぱ個人病院じゃ無理なのかなあ。でも、それが「ご縁」という
   ものなんだよね。


            バーデさんは予算もOK。やる気も満々。仕事は休職。とことん出来る限りの
   ことをして欲しいとおっしゃる。


               よっしゃあ!、、、でも、、、、でも、ね、


           「うつ病」は患者さん当人が「頑張」っちゃあいけないというのが
   セオリーなんだ。




                  このあたりがビミョー。




今週のミュンヒェンはお天気もビミョー



ちょっとアヤしい雰囲気、写真でわかるかな?



2014年4月29日火曜日

バーデさん

          


    今年バイエルン州はものすごい暖冬で雪が積もる日が一日もなかった。
   綾ちゃんにとっては雪かきしないですんだり薪を切らすことがなかったりと
   楽チンな冬で良かったんだけどね。



           冬が来るとうじゃうじゃやって来るうつ病の患者さんも今年はなく、
   その代わりと言ってはなんだが躁病のインテリ女性が入れ替わり立ち代わり
   やって来ては辺りに台風を呼び起こしまた散っていった。このあたりの様子
   以前書いたね。



            、、、と思っていたら、冬の終わりに極めつけの重度うつ病の患者さんが
   やって来た。



                 それがバーデさんだった。



           高校(ギムナジウム)の先生でプライベート保険加入者なので支払いに
   問題はないという。(これが「罠」なんだけどね。)とにかく出来るだけの
   処置をして欲しいということでこちらも気合いをいれる。


           英語と体育の先生。背が高く骨格のしっかりした典型的なドイツインテリ女性。   うわ、キビシイ先生なんだろうな。



            しかし 服装が暗い。ファッションを含めて外見は診断を下す上で極めて
   重要な要素だ。服が暗いとオーラもくすむ。こういう現象は患者さんが
   無意識に選んでいる「空気」なんだよね。彼女の服にはお洒落を楽しむなんて
   余裕は当然ながらどこにもない。表情も余裕なし。むしろ怒っているように
   見える。




         大丈夫かな?診断するのはドクターの役目だけど見た目だけでも重症に見える。





ミュンヒェンVICTORIAN HOUSE本店店内。
本格紅茶のお店。
ここだけはロンドンの空気?
久々にここでお茶をしました。


2014年4月27日日曜日

治療費物語 〜序文





この話題は出来れば避けて通りたい。



、、、と思っていた。でもバーデさんの背中を撫でながら
やっぱり語ってみたくなってきたんだ。
これは大きなテーマなので少しずつ整理しながらに
するけれど。


バーデさんの涙はお門違いだと思うから。
可哀想だけれど。




綾ちゃんはこれまで幾度となく似た様なシチュエーションに
出くわして来た。昨日みたいに。



それまでの私たち(医療チーム+患者さん)は家族のように無二の親友のように
戦友のように戦って来た。
この世に私たちだけが取り残されてしまった人たちのように
共に密な時間を重ねあわせて。
共感したり焦ったり失望したり小さな出来事に
喜びを分かち合ったり。


こんな日々をずっと過ごしながら「回復」という最終ゴールまで
共に手と手を携えながら走っていくのだと、そう信じながら。


その幻想は一瞬にして雲散霧消してしまう。
「カネ」という現実の前に。


そう、私たちは家族でもなければ無二の親友でもないし
戦友でさえなかった。
お金で細々とつながっているただの商売人と
客の関係だったんだ。




「治療費」がテーマだけれど、それは後回しにして
まずはバーデさんのことを話そう。






うちの病院はミュンヒェンの中心地。交通の要所。
トラムの停留所に花壇があってとりどりの花が植えられている。



突撃となりの晩ご飯!で突然あすかさんちをゲリラ訪問。
ミュンヒェン大学の裏手ですごく便利な場所にお住まい。
突然の訪問にもかかわらず暖かく迎えてくださった。



2014年4月26日土曜日

治療とお金

      


              昨日のことだ。




         『はあい、バーデさあん(仮名)、お時間です。鍼を抜きますねえ。』



   明るく元気に、でも患者さんのカンにさわらぬよう極力穏やかに話しかける。
  最近綾ちゃんの心を占めている気がかりな患者さんは彼女だ。ここ2カ月ほど
  ほぼ毎日通いつめてらっしゃる。が、一向に回復の兆しはない。


        彼女は精神的に極めて不安定なので小さな心の動揺で涙する。
  大抵ショウアッップの時には涙ぐんでいる彼女だが治療を開始すると徐々に
  落ち着きを取り戻す。笑顔を見せることすらある。

           今日も彼女はものすごく具合悪そうだったが綾ちゃんが指圧を終える頃には
  随分落ち着いた様子だった。鍼を終えれば食欲も少しは出るかもしれない。
  ドクターとタッチ交代して鍼を打ってもらい30分経過。今日はお灸する時間が
  なかった。他の患者さんのとこに行ってたからね。


           あれれ?バーデさん、まだ泣いてる?




           『 大丈夫ですか? ドクターを呼びましょうか?』




           『いえ、いいの。ねえ、ヨシオカさん、私にはわからないわ。
   ドクターはもう私の治療はしないっていうの。酷いことだわ。
   私はどうしたらいいの?今まで何をしても私の病気は治らなかった。
   ここが最後の希望だったのに。酷いわ。』




         う、ウソ!綾ちゃんはバーデさんの背中を撫でながら言葉を無くしていた。



         けれど綾ちゃん自身もそろそろこんな日が来るんじゃあないかと思っていた。
  彼女の加入保険会社が治療の支払いを拒否する日が。



                 カネの切れ目が縁の切れ目ってか?




先週の月曜日はイースターの祭日だった。
綾ちゃんはのんびりお庭で一人ランチ。
あすかさんに先週いただいたサーモンキッシュを
冷凍させてあったので病院で余ったから持って帰らされた(!)
なすとコリアンダーをあわせた。ゼクトはスーパーの特売。


今読んでいるのは建倉圭介のDEAD LINE



2014年4月25日金曜日

州大会   表彰式






                                             


             

                      四人の名前が呼ばれた!!




    表彰式に呼ばれた時点で既にものすごい名誉だと思っていたけれど
   プログラムを見て、ま、まさか、と、特別賞?いやいや余計な期待は
   せんこった、とそれでもわくわくどきどき式を見守っていた。
   ら、名前を呼ばれた〜!お〜!行ってこ〜い!


         

プログラム



シュパーカッセ銀行より特別賞2600ユーロだって。
四人で割っても650ユーロ!?信じられん。
いきなりなんというお金持ちになったんだ。
他のメンバーは皆オケの海外遠征の旅費に(今年はイスラエル)使うんだって。
うちはオケのメンバーじゃないからね。
何に使おう?




この日の録音が5月10日16時より
バイエルン放送クラッシック局BR4Klassikにて放送されます!
よろしかったらお聴き下さあい!!



2014年4月23日水曜日

州大会 電話


             ええええ~!!



         本大会の表彰式及び終了コンサートで演奏してくれって~!!!
    カルテット! ここまで評価されたかあ!




        ドイツ青少年音楽コンクール!!綾ちゃん一家もなんだかんだでお付き合いは長い。
  最近は毎年出場するはめ(!?)に陥っている。でも州大会の終了コンサートに
  お呼ばれしたのは初めて。ここには一位入賞者の中でも特に評価の高い奏者しか
  招待されない。放送局の録音と特別賞授賞式があるから。前回3年前に全国大会
  2位入賞した長男も未だこの場所で弾く名誉には預かっていないぞうう!!




            バイエルン放送局の放送車が来てました。



               綾ちゃんちょっとコーフンしてきた。

      病院に電話をかけ、ドクターの奥さんに明日早退出来るか聞いてみる。
  申し訳ないがもはや仕事どころではない。(おいおい!) なんとドクターは
  確か去年クビにしたはずのりんちゃんを再び起用。どうなってるんだ??
  良くわからんがこのおおようさかげんが彼らのいいとこだな。
  ありがたい!助かった!





一位の賞状

2014年4月21日月曜日

州大会 結果発表




             おめでとう!二郎くん!カルテットのみんな!
 


          本番の時、調子悪そうだと思ったんだけどそれでもちゃんと一位を
   取れる実力なんだもんなあ。すごいぞ♪すごい!


          朝からずっと色んな子供たちの演奏を聴いていたけど、さすが州大会。
   みんな上手。とはいえ緊張しちゃって失敗しちゃう子達もいる。
   トイレに入ったら個室でわんわん泣き叫んでる娘がいた。
         

      『ダメなの。ダメなの。私には弾けないわああ!』

   って大声出しててびっくり。でも15分ほど後の本番では真剣な顔して
   集中して弾いてたよ。泣き叫んでむしろ落ち着いたか?



          二男のカルテットにはダントツの安定感があった。お見事、25点満点。



        カルテットはエントリー数が少ないのでその日のうちにコンクールは終わり
    結果発表と審査員による講評会も終わった。講評会では誉められまくり。
    やったね。


          さて、コンクールの花形ピアノソロ部門はいかに?
              長男の運命は??



         こちらは翌日月曜日まで延々と続き、ネットでやっと結果を見られたのは
    夕方遅く。


         おおお~!!なんとこちらも一位!!満点ではないが全国大会進出う~!!
    お見事!小さなミステイクがあったのでどうかと心配してました。
    コンクールでは難易度の高い曲を不完全に演奏するよりそれなりのものを
    着実に弾いた方が評価される。ミスタッチは命取りなんだけどそれでも
    選んでもらえた。うん、勝負に出た甲斐があったというものだ。

          とにかく兄弟揃って全国大会進出。どっちかが家でお留守番にならずに
    済んだよ。全国大会のある場所は遠いからね。今年はブラウンシュヴァイク
    必ず泊まりがけになる。ほっと胸を撫で下ろしたところで
    携帯にメールが入ってきた。んん?

                 コンクール事務局から、、、だった。



カルテットのメンバー

2014年4月19日土曜日

州大会 弦楽器ミックスアンサンブル


        その二日後日曜日。今日は二男の本番日。結局我々は仲間のご家族の車で
   送ってもらえることになった。ラッキー!


   金曜日(長男)は悲惨だったんだ。列車で一時間半、そのあと徒歩で三十分、
  受付を済ませたら別の会場まで走って二十分、階段を駆け上がって即、
  指ならし開始だったからね。



   カルテットは一人でも欠けたらおしまい。だから万が一にもうちの子が
  遅刻することがないように気を遣って下さる。体調管理も時間感覚も大切なお仕事。  こういう基本的な事柄も音楽を通じて教えることができるね。



       他のメンバーの親御さんは皆さん(パパもママも)学校の先生。うちも
  (今となっては)学校の先生(?なんかちょっとビミョーだけど)だから似たような環境と
  いえるのかな?とにかく彼らは超真面目な人々だ。ドイツ人は時間に几帳面な人が
  多いけど彼らもとにかくぎりぎりというのを嫌ってたっぷり時間に余裕を取り
  たがる。ドイツ語でユーバーピュンクトリッヒ(überpünktlich )っていうやつだな。
  すごく偉いと思う。



       受付開始45分前に到着しちゃって寒い思いしちゃったけどお陰で本番まで
  もうひとふんばり出来た。さて、本番は ・ ・ ・?




          なんとここでも審査員は知り合いだった。これは本当に個人的なお知り合いの  方でオペラ座のコントラバスの方。奥様(ヴァイオリンの先生)が日本人で一緒に
  原発情報の交換をしてたりする方だ。実は二男のチェロの先生が今回の審査員を
  頼まれたらしいのだけれど「今回は自分の生徒が出場するから」といってお
  断りになったと話してらした。ううん、それで今度はそっちに話が行ったか。
  世界は狭い。



               さて、本番は ??


      あれれどうしちゃったのかな?女の子たちの調子が良くないぞ?
   第一ヴァイオリンの子は普段ならもっと上品で輝くような音を出せる子なのに
   音がくすんで聞こえるし、ヴィオラの子は緊張のあまりかすかだが音が震えて
   聴こえる。こういう時のど根性は男の方があるってことか?いやまさか、
   第一ヴァイオリンの子は昨年のソロ部門で全国大会二位の腕前なのに。




       ともかくミスらしいミスはなくなんとか演奏を終えて拍手に包まれた。
   女の子たちはそれぞれ親御さんの所へたどり着き、「ママあ!もう、私、最低!」
   と泣き出さんばかりだったがアンサンブルの先生が「大丈夫、とっても素晴らし
   かったわよ」っておっしゃってくださった。



      綾ちゃんが アイコンタクトで知り合いの審査員の方にご挨拶すると、
   彼はにっこり笑ってボードで他の人に見られないように下向きに「グッド」
   サインを出した。え?それって「最低」って意味!???「大丈夫」ってこと??
   それじゃあわからんじゃないか。


        まあいいや。今日中に結果は出る。それまでゆっくり他の子達の演奏でも
   聴いて回ろうっと。





会場でカルテットの四人で記念撮影




バイエルン放送局の放送車とともに




2014年4月18日金曜日

州大会 ピアノソロ




           平日の昼間とあってがらんとしている。演奏者とその家族以外いない。
    お陰で指ならしをたっぷり出来た。本番会場さえお昼休みで誰もいない。
    チャンス!記憶では本番用の楽器に触れる規定時間は5分のはず。でも誰も
    来ないから15分はたっぷり弾けた。いつもはお忙しい先生もスケジュールを
    縫っていらしてくださった。



          審査員たちが入ってくる。ありゃりゃ。何と全員「顔見知り」だった。
    二男のマスターコースでピアノ部門の指導をしているミュンヘン音大の先生。
    大会委員長。その他総勢4人。そして観客はゼロ!!!かえって弾きにくいも、、、??



         何とか弾き終えた。スクリャービン、ショパンそしてベートーベン。
    難しい曲を選んだけどこれまでで最高の演奏だった。ちょこちょこ
    細かいミスがあったから結果には結びつかないな。
    でもここまで到達出来たのは素晴らしいこと。本当に満足だ。


         本人もやったぜって顔してる。先生も私も気持ち良く帰途につけた。
       ピアノはエントリー数が多いため4日間に渡って行われる。結果発表は三日後。
    まあ、期待しないで待ってましょう。





コンクールと言っても会場は学校の音楽室だから
ほのぼのとしたもの。
これも二男の方の結果発表の場面


パウル=クレー=ギムナジウムは吹き抜けで芸術的な雰囲気の学校



2014年4月17日木曜日

ドイツ青少年音楽コンクール 州大会が始まった!





            そしてやって来た州大会。


             一言。ママの戦略不足。



     州大会は4月のイースター休暇最初の週末に行われる。今年は4月11日(金)~14日(月)。初日のみ学校のある平日。長男はいきなり初日に当たった。二男は日曜日の朝一番。
エントリーの招待状に
「皆さんの希望日時に出来るだけ添えるよう尽力しましたがなにぶん参加者数が多く~」なんて書いてあるぞ。どういうことだ!確かホームページには「日時の希望にはお応え
出来ません。~」とか書いてあったのに!みんなダメもとで色々希望を出してたんだあ!
しまった!もちろん最終日に近い方がいいに決まってる。休暇前はどこの学校も
テスト期間だ。ピアノの練習に向ける時間が無いのだから。



  しかも綾ちゃんは車も運転免許も持っていない。列車で会場まで一時間半
(乗り換え付き)かけねばならず仕事だって休まねばならない。うちは現在
母子家庭なんだから私こそ無理を通して日程を週末に調整してもらわなければ
ならなかったのに!


    さらに恐ろしいことによりによってコンクールの前日は最も苦手なラテン語の
大テストの日だった。ええい、どうする?



  まあ、そんなこんなで絶望的な状況のまま母と息子ふたりでやってきました。
弟はお留守番。平日の昼間だから学校があるしね。


    



アウグスブルク近郊のゲルストホーフェンという町。
ミッテルシューレ(直訳すると中学校、ちょっと違うけど)が受付所。



コンクール会場のひとつパウル=クレー=ギムナジウム


長男の会場はペスタロッチ小学校だったけど
緊張のあまり写真を撮るのを忘れてしまった。



2014年4月16日水曜日

グリュプトテク(古代ギリシア)博物館でのコンサート

      


          差し迫って来ました州大会。



     さして練習もしないのにラッキーが重なって市大会でそれぞれ一位をとった
 我が息子たち。1月末のミュンヘン大会から2カ月とちょっと。その間二人の
 歩んだ行程は大きく異なった。
   


     ピアノソロ部門の長男はぐうたらが抜けずとりあえずコンクールとは
  関係ない二、三楽章に集中。いよいよ直前になって一楽章(コンクールでは
  通常ピアノソナタの場合第一楽章を演奏する)を復習しようとしては
  なかなか真面目になれず自律心との格闘に苦労してました。



         もっとぐうたらな二男はいつもだとなんとか練習をサボろうと
  するヤツなのですがそこは4人で行うカルテット。周りが許してくれない。
  他のメンバーの親御さん方が大変熱心でマスターコースやたくさんの本番、
  そのための合同練習と慌ただしく音楽、音楽でお勉強に支障をきたすほどだった。
  全く仲間がいるってありがたいもんだ。



         その中で二男のカルテットは本番直前コンサートを何とミュンヘン中心部の
  グリュプトテク(古代ギリシア)博物館で行えることとなりました。


           のちにヒトラーがナチスの全体集会としても使用した古代ギリシア神殿に
  似せた大広場。狂王ルードヴィッヒ二世が建てた美術館です。ピナコテク美術館や
  ミュンヘン工業大や音大もすぐそば。博物館内にコンサートホールがあるわけでは
  なくずばり彫像さんたちの立ち並ぶ中で音楽を奏でました。


            何と言う贅沢。コンサートは大成功でした。





ハイドン、メンデルスゾーン、シェスタコービッチを
弾きました。一番右のチェロの子が我が家の二男坊。







2014年4月15日火曜日

病院での日常 2

   


            介護の現場で要介護者のトイレの自立は重要なテーマだ。


       老人介護サービスの料金表でも「下の世話付き」と「無し」では
全然プライスが違う。



      車椅子の患者さんはその後みるみる良くなってあっという間に普通の生活を
送れるようになりました、メデタシ、メデタシ、、、、なんて訳にはいかない。
もちろんその可能性も十分あるがこれにはそれなりの時間と回数(つまり、お金)が必要。
ここからが分かれ道だなあ。


     患者さんのお母様は「あと何回の治療でどれ程の回復が見込めるのですか?
絶対成功してもらわなければ困るんです!」
などなど、力いっぱいプレッシャーをかけてくる。というかかけずにはいられない
のだろう。


       医者や治療家たるもの「成功の約束」をしてはいけないと法律でも決まっている。
まあ、これはむしろ医者を守るための法律なんだけどね。










2014年4月14日月曜日

病院での日常

    



       長々と昔話をしてしまいました。


    そうこうする間も毎日綾ちゃんは病院でどたばた働いていたわけです。

      ここのところ患者さんは重病人が多いです。西洋医学的には匙を投げられた
人が「最期の望み」を託してうちを訪れるのでアシストしてるだけの綾ちゃんさえ
どど~んとした重い空気に押し潰されそうに感じちゃいます。


         もちろんうちのドクターは腕利きですからこんなときこそ本領発揮。



    今、車椅子で通ってらっしゃる中年の女性は脳卒中で倒れてから下半身不随、
知能障害が残った方だ。介護するのは70歳を過ぎたお母様と50歳のお姉さま。
そう、介護する側とされる側が逆なのだ。お母様はご自身がいつ介護を必要とする立場になるかわからない。体力的にも大変でいらっしゃるにちがいない。



         鍼が一体どこまで役に立つか?



     何とたった一度の鍼で麻痺していた足を持ち上げられるようになった!
やった!2~3歩ならなんとか身体を支えて歩ける!これはすごい!





これはグリュプトテック、古代ギリシャ博物館
ミュンヒェンの町中にあります。
先週の日曜日、博物館内でコンサートがありました。



2014年4月13日日曜日

男と男の物語 あとがき




               『いいかい、綾子ちゃん、早まっちゃあいけない(!???) 
       世の中に男はたくさあんいるんだ。よおく世間をみなくちゃあ!
       出逢いを会社の中に限定するから結局あいつしか(!)いなくなる!
       いやあ、それにしても不運なこった!会社の男どもがそろいも
       そろってお○まだなんて。いやあ、そうだよなあ、
       あいつだけだもんなあ。あいつしかいないもんなあ。』




とどこまでも失礼な暴言を吐きまくって電話を切った。ちなみにこの営業総括、
綾ちゃん夫とはずいぶん気のおけない仲でした。これでも悪気はない(!??)んだよ。
素敵な寄せ書きを贈ってくださったしね。


                               一言。



         このブログの読者の中には綾ちゃんがお勤めしていた会社名を
    ご存知の方も少なくないですから会社の名誉のために申し上げておきます。


         綾ちゃんが入社したときに同僚だったメンバーは全員それぞれの理由で
    退社しました。現在は全く違う方々が働いてらっしゃいます。



              これは昔むか~しの思い出話。




患者さんにいただいた蘭の花を
治療室の窓に飾ってみた。


2014年4月12日土曜日

男と男の物語 そして

     


             綾ちゃんは結婚することになった。



         会社勤めを始めて三年が過ぎたころ、お相手は会社の同僚(大丈夫か?)。
  いわゆる職場結婚というやつだ。



     結婚式(日本で挙げました!)も間近というある日の事、会社に一本の電話が
 かかってきた。ロンドンの営業総括からだ。いわゆる「お偉いさん」だが
 綾ちゃんはただ電話の取り次ぎをするだけだから仕事上のつながりはない。
 でも毎日のようにお声を聞いてるうちに気安くなった方でもある。


      その日に電話をとったのは新入社員のOさんだった。(ちなみに彼女は
 試用期間中に退社する。)



            『えっ?えっ?えー?はい!あの、本人と代わります!』


といきなり綾ちゃんに電話を振ってきた。



             『お電話代わりました。』



と綾ちゃんが電話に出たとたん、



             『ああ、こんにちは。あのさあ、吉岡君が結婚するって
       聞いたんでこっちのみんなで寄せ書きしてるとこなんだ。
       でね、お相手の名前を教えてもらおうと思ってね。
       綾子ちゃん知ってるよね。』



ああそうか、あはははは。



              『ハイ、存じております、統括。うふふ、実は
       お相手というのはワタクシのことでございます。』



と茶目っ気たっぷりに答えると相手はやっぱりびっくり。だがなんたることか彼は
いきなり綾ちゃんに「説教」を始めた。
よせ。考え直せ!今からでも間に合う!!!と???



                  ま、まさか彼もまた ・ ・ ・ ??




           

お家でホームコンサートをやりました。
出演してくれたちびっこたちにイースターのうさぎさん(チョコ)と
チューリップのお花をプレゼント。




2014年4月9日水曜日

男と男の物語 十九




             日本の企業だと上司もしょっちゅう入れ替わる。



        後から考えると支店長夫人は当初Tさんのことは(綾ちゃん同様) 何も
 ご存知なかったのに違いない。単に20歳代の離婚歴のある男がやたらと
 女の子に声をかけている、という情報をご主人から聞いていたに
 過ぎないのだと思う。



       常時数名いた上司たちもTさんのことは順次知ることとなったようだが、
 もちろん我々の前でその話題を出すことはなかった、、、かな?


       我々が入社してから2年近くが過ぎたころ、東京から新しい営業マネージャーが
 赴任してきた。彼はフランクな性格(フランク?) だったのかある日突然衆人を
 前にして


            『オイ、T、オマエ、○モなんだって?みんなそう言ってるぞ。』



 と尋ねたから場は一時騒然となった。



       当然Tさんは怒りに全身を震わせながら「酷い誤解」「見に覚えのない中傷」
 「身の潔白(?) 」を大騒ぎして主張。このような誹謗中傷を行うようならばこれ以上
 会社にはいられない、と大興奮して叫んでいた。



       彼は結局5年ほど勤めて退社し日本に帰ったと噂で聞いた。

  バースとはまだ綾ちゃんが会社にいたころ (三年ほど付き合ったろうか?) 別れた。



うちの病院に熱帯魚がやってきた!
患者さんで趣味で魚の繁殖をやっている方からの
プレゼント。





毎朝の餌やりは綾ちゃんのお仕事
楽し〜い!



男と男の物語 十八




              Tさん本人はどこまでもここドイツで自分の「素性」はばれていないと
        思っていたようだった。綾ちゃんの後にも綾ちゃんの会社は業務拡大、
       スタッフの都合等でどんどん入れ替わり新入社員が次々にやって来た。
  新しい女の子が「日本から」採用されてくるとTさんは必ず彼女らを誘って
  遊びに出かけた。その度に綾ちゃんも一緒に誘われた。



            綾ちゃんとしてはさすがにTさんとは関わりあいになりたくない
  気分だったのでやんわりと断っていたが毎回という訳にもいかず
  結局数回はお付き合いすることになった。大抵5~6人以上の
  グループ行動だったが毎回必ずバースがいた。


         このころには彼はバースと同居している事実は公にしていて
 「同居している友人」と紹介していた、がもちろんすぐにばれる。
  綾ちゃんは自分のときの体験上、この娘たちが噂を聞きつけるのは
  時間の問題とわかっていたので常に流れに任せて知らんぷりしていた。



            無論、時折、というかしょっちゅうトラブっている様子だった。



           ある時は新入社員の女の子(この娘あっけらかんとしてていい子だったなあ。
  今は立派にママになってます。) に面と向かって
        

              『Tさん、お○まなんですか?』


  って聞いててTさん、顔を真っ赤っかにして怒ってた。




昨日ミュンヒェンの中心地
宮廷公園にて



すごくいいお天気でごろんところがってお昼寝する人たちがいっぱいいた。




ちなみに左下のぼやけは綾ちゃんの指です。
ごめんなさい。




2014年4月6日日曜日

男と男の物語 十七





              あるスペイン人の女性がロンドンに移住を希望していた。
     が、イギリス外人局はヴィザ申請に厳しい。当時EU以前のヨーロッパで
   (いずれにせよイギリスはEUじゃないし)無職の外国人が滞在許可を得る方法は
   結婚以外にない。かくして彼女は偽装結婚の相手を探していた。



    その女性とTさんがどのようにして出会ったのかは我々の知る由もないことだ。
   がこの結婚はTさんにとってもメリットがあった。
   即ちホモセクシュアルの隠れ蓑に出来るということだ。
   かくしてTさんはそのスペイン人の女性と入籍、住所登録を同じ場所にして
   すぐにドイツへ出国、ただちに離婚。同時期にドイツで職を得たバースと
   フランクフルトにて夢の新生活を開始した、ということらしい。



        すごすぎてついていけない人生だ。


     だけど彼のヨーロッパ生活は常に不幸につきまとわれた。



昨日列車に乗ったら標識が可哀想なことになっていた。
本来車窓から身を乗り出さないこと(左)
窓からゴミを放り投げないこと(右)のマークのはず。
ヒトは滑って転びビンは入れ物(?)の中で転がっている。



男と男の物語 十六

        



           おそらく、そもそも彼がヨーロッパにやって来たのもそのためだろう、
   ということだ。


  
          そう、これも綾ちゃんがドイツに来てから学んだことの一つだ。
   海外には自国における「社会的弱者」が集まる。例えば綾ちゃんは
   こちらに来てからたくさんの日本に帰化した韓国人と知り合いになった。
   彼らの多くは日本では日本人の名前を名乗り、日本人として世間的に
   振る舞ってはいるが己のアイデンティティーに苦悩してきた人々だ。
   綾ちゃんの故郷は福岡なので韓国とは目と鼻の先でクラスメートの中にも
   そのような人がたくさんいたらしいと後から聞いたが、具体的に誰のことだとは
   今もって全然知らない。

    彼らは海外に出て初めて自由に息をつき本当の名を名乗り
   「あの頃は辛かったの。」と語っていた。


           なるほど。ホモセクシュアルもそうだったか。というよりもっと大変かも。
    結局日本を離れても日本人であり日本人の外見からは逃れ得ない。
    日本の企業で働くしかないし、そしたら海外の狭い日本人社会の目を
    気にしながら生きていかざるを得ない。



           Tさんは海外暮らしの中でも恋人の存在を徹底的に隠し(ばればれだったが)
    常に噂のネタにされるという日々を送っていた。ロンドン時代も全く一緒で
    当人一人が必死で否定しても周囲の好奇の目が尽きることはなかった。
         ロンドン時代の「恋人(男)」と別れて新しい「彼氏」が出来た時、Tさんに
    二つの転機が訪れた。すなわち転職と結婚である。




           我が家のお庭に二匹のリスが遊びに来ました。











        じゃれあってる様子がわかるかな?
     

2014年4月4日金曜日

男と男の物語 十五

  



        そうこうするうちに綾ちゃんは同僚の紹介であるお得意様の企業の
   人々と仲良くなった。この会社はいわゆるベンチャーで社員も全員若くて
   気安く付き合える人たち。そしてそこは例のTさんがうちに来る前に勤めていた
   企業でもある。どこの企業もヨーロッパ内ならば同じ屋根の下のようなもので
   ロンドンとフランクフルトとは言え彼らは元同僚としてTさんの「過去」を
   知る人々でもあった。


        なるほどこれなら今更何かを隠しだてするなどどだい無理ではないか。



          ある時綾ちゃんは彼らの内輪の「飲み会」に誘われた。そこでやっと(?) 
   Tさんの「正体」というか「ウワサの真相」というかとにかく彼らの「理解」を
   聞かされることになる。



      即ち Tさんは正真正銘(?)のホモセクシュアルの男性なのだと。
    そしてロンドン時代もその醜聞で職場を追われる羽目に陥ったのだと。





近所の道路にすみれが咲いていた。



患者さんが持って来てくれたチューリップ。




これも患者さんから。


男と男の物語 十四

        



            ワタクシが浅はかでした。



   そう。冷静になって(後から)考えてみると全てがあほのように自明の理として
思えてくるのは何故だろう?

     綾ちゃんは本来勘のいいほうでも何でもない。むしろニブイヤツなのだ。
その綾ちゃんがピンとくるなんて事態なら誰の目にも明らかなことである、
というだけのこと。とほほ。



           情報だっていつも一番最後だしね。



      綾ちゃんはTさんの「名誉」にかけてこの件は口外してはならないと
思っていたけれど、じゃ、Tさんの名誉ってなんなのよってくらい彼とバースの仲は
世間に知れ渡っていた。


      ツアイル(フランクフルトの買い物街)を二人で新しい箒とちりとりを抱えて
(新婚生活?)仲良く歩いていたとか黄昏のマイン河畔を腕を組んで(!)歩いていたとか
肩を組んでたとか、挙げ句の果てにはキスしている場面を目撃したという情報まで
あった。ただし、実際にバースさんと会って話をしたことのある人間は綾ちゃん一人
だった。きっと綾ちゃんなら紹介してもOKだと思った、のかな?




          

ハウプトヴァヘからツアイルへの目抜き通り



黄昏のマイン河畔は男同士で歩かないで欲しい。きもい。




2014年4月3日木曜日

男と男の物語 十三

           


                                              目眩(めまい) がした。


      綾ちゃんはその場を適当に取り繕って(どんな「取り繕い方」があると言うんだあ!?
もはや覚えていないがぼろぼろだったに違いない。それでも綾ちゃんとしては証拠もなく同僚を貶めるような情報を「お得意様」相手に流す訳にはいかなかった。) 彼と別れた。




       今にして思えば綾ちゃんはあの時、あの人に「引っ掛けられた」に違いない。
Tさんの話題を出してTさんに恋愛対象がいないという話題を「仕掛け」て新入社員の
私にTさんの「スキャンダル」を「教えて」あげようとしたんだ。



       そのことを思い知ったのは「似たような」ことが形を変え品を変え綾ちゃんの
周りで起こったからだ。先輩社員やら顧客から繰り返し



               『ねえ、ねえ、Tさんってお○まっぽ~い!』


                 『彼ってアヤシイんじゃない?』


と聞かされさすがに知らんぷりするのもむしろヘンの領域へと突入していった。
みんな、何とかして綾ちゃんにTさんのことを「教えて」あげたいんだけど自分が
「言い出しっぺ」になるのは嫌という状態だったのだ。




ミュンヒェン日本人学校の桜
入学式には間に合わず残念、
でもとても綺麗でした。



2014年4月2日水曜日

男と男の物語 十二





         Tさんの仕事ぶりはというと、これがまた芳しくなかった。
   ロンドンから来たばかりとは言え同業者同士、世界は狭く社内でも顧客
   (取引会社)間でも彼の名は知られていた。が、一様に



                 「約束を守れない。」
                  「言うことがバラバラ。」
                  「何を言っているのかわからない。」



など散々なものだった。どうも又例によって(?)これらの評判を知らぬは上司ばかりなりの世界だったようだ。




     ある日の昼休みのこと。綾ちゃんは同業者の方とランチで偶然一緒になり
なんともなしに世間話をしていた。するとその方は最近、仕事でTさんとの間で
トラブルがあったとかでだんだんにTさんの愚痴話に話題が傾いていった。


 彼の方はかなり嫌な思いをしたらしくTさんを罵る語気が次第にエスカレートして
行く。全くニンゲンとしてどうかしてるんじゃないかって。だから言い寄る相手も
いないんだって。



 綾ちゃんとしてはTさんの仕事の実態は噂で聞いているだけだったし一応同僚だし、
人間性まで悪く言うのはちょっと、、、という思いから、つい(でも言葉に気をつけ
ながら)



         『ニンゲンとしてTさんがおかしいかはわからないですけどプライベートは
  それなのに充実しているようでしたよ。恋人のような方(なんて表現したらいいんだ!)
  もおられるみたいだし。』


とTさんを庇ってみた。、、、ら、


                          『男だろ?』
                  

                    は?




                  『ヤツの恋人って男だろ?みんな知ってるよ。有名な話だ。』




                                はああああ?????




      


ミュンヒェンは春真っ盛り



2014年4月1日火曜日

男と男の物語 十一

      


           綾ちゃんの仕事は総務。社員の公的書類作りも重要なお仕事の一つでした。



    当時うちの会社は日本人が大半で社員の労働ヴィザなど必要書類を作成するのは
綾ちゃんのお仕事。必要な資料も綾ちゃんが保管・管理してました。プライバシー性の
高いものだけ上司が持っていたけれど。



 だから綾ちゃんは思いもかけず同僚のプライバシーを覗いてしまうことがある。
例えばTさんの労働許可証(私もTさんもドイツに来たばかりでこれらの許可証は順次
限定的にしかおりない。)の個人データ欄に「geschieden(離婚)」の文字を見つけたり。
しかも離婚したのはつい最近のことだった。ドイツに来てからじゃないの!?


   彼は社員データ上ではまだ「既婚者」のままとなっており(つまり、この欄を
訂正するのは綾ちゃんのお仕事だったのだが綾ちゃん自身も新入社員であったため
そこまで手が回っていなかったのだ)、そこには彼の「配偶者名」が記されていた。
んん??何て読むんだ?この名前!?




                 ガイジンの名前だ。おそらくイタリアとかスペイン人の。



          すると、Tさんのボーイフレンドの件は全て綾ちゃんの勘違い??だったのか?
            結婚相手なら女性に決まってるもんね。




       国際結婚が上手くいかなくて離婚した夫婦を綾ちゃんはこののちごまんと
目にすることになるのだが、Tさんもその中の一人だったのだろうか。
結婚というのは言葉も文化的背景が同じ人同士でさえ難しいのだから国籍の異なる者
同士、多くの困難が待ち受けているに違いない。




     綾ちゃんはTさんに対して同情の気持ちと(なんたって彼は綾ちゃんと同い年だ)
それからどうしても拭いきれない「疑惑」を相変わらず抱きながら日々を送っていた。


     どれ程の事実を目の前に突き付けられようが依然として綾ちゃんは疑っていた。
   それほどまでにあの日の、あの日曜日の出来事は衝撃的だったのだ。


ドイツのスーパーマーケットに売っている
ツナ缶はGEISHAさんだそうです。
マグロって日本のイメージなんだね。